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ヤトラカン・サミはかせのいす

ヤトラカン・サミ博士の椅子

牧 逸馬

「新青年」博文館、1929(昭和4)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,010 字 · 26 页

青空文庫

この小冊子的煽情に身をあたえて、せいろんへ、せいろんへ、せいろんへ、山高帽をへるめっとに替えた英吉利人が、肩からすぐ顔の生えているじゃあまんが、あらまあと鼻の穴から発声する亜米利加女が、肌着を洗濯したことのない猶太人が、しかし、仏蘭西人だけは長い航海を軽蔑して、本国で葡萄酒のついた口ひげをていねいに掃除しているあいだに各国人を拾い上げたお洒落な観光団が、トランクの山積が、写真機が、旅行券が、信用状が、せいろんへ、せいろんへ、せいろんへ――だれが言い出したともなく、一九二九年の旅行の流行は、この新しく「発見されたせいろんへ」と、ここに一決した形で、いまのところ、せいろんは、すべての粋な旅行の唯一の目的地になりすましている。が、この島は何も今年出現したわけではなくドラヴィデア王国の古世から実在していたので、その証拠には、エルカラとコラヴァとカスワとイラルから成る多美児族が、カランダガラの山腹に、峡谷に、平原に、カラ・オヤの河べりに、白藻苔の潰汁で、和蘭更紗の腰巻で、腕輪で、水甕で、そして先祖の伝説で、部落部落の娘たちをすっかり美装させ、蠱化させ、性熟させて、ようろっぱの旦那方が渡海してくるのを、むかあしから、じいっと気ながに待っていた。