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ヤミろんご

ヤミ論語

坂口 安吾

「世界日報 第五五二号~第六九二号」1948(昭和23)年2月23日~7月12日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,308 字 · 36 页

青空文庫

心理の計算はむずかしい。

近ごろの世相は兇悪犯罪が増加しているけれども、ともかく犯罪が悪事であること、犯人が己れの悪と戦っている苦痛の心理はあるはずだ。文学に於ても、罪人がその罪と戦うことは常識であるし、一般世間の常識に於ても、罪人がその罪と争うことは当然とされているものである。

ところが江戸時代の一種の文学である筈の講談という世界には、正しい罪の解釈がない。罪の自覚に妥当な内省や計算が加えられていないのである。

殿様のお手打であるとか、新刀をもとめての辻斬であるとか、賭場荒しであるとか、仇打ちであるとか、それらのことは正常の罪の自覚とは別の場に於て物語化され、人情化されて語り伝えられているのである。

講談は今もなお語られ、そして語られるということは、大衆に支持されているということだ。支持するとは、その講談の場に於て尚大衆が生活しつゝあるということである。

ヤクザの世界は今も講談そのまゝであるが、一般大衆にも、やっぱり講談の場と通ずる底辺があるはずだ。

その歴然たるショウコには裁判がある。同じ人殺しでも、ヤクザの人殺しは、特別の観点、つまり講談の場から解釈せられて、特異なものに扱われ、多少は罪が軽いようだ。