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レモンのはなのさくおかへ
レモンの花の咲く丘へ
国枝 史郎
「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,016 字 · 142 页
解らない。(間)わからない方がいいのかも知れぬ。解った時は私の運命の沈む時かも知れぬ。(間)あの塔の中には私のお父様もお母様も、そして代々の御先祖様も、みんなおいでなさるのだそうな。そしてその人達が私の来るのを待っているそうな。塔の面にちらつく人影は、その人達の影だそうな。(機に手をかけ)そしてこの綾糸の切れた時、私も塔へ行かねばならぬ。それが私の身にかかっている命の預言、それが私のこの世の運命。(二三度機を織り)私はどうしてもあの塔へ行く気にはなれぬ。晴々しい光も、なつかしい色も、浮き立つような物の音も、何一つ楽の無い、あの灰色の墓場の塔へ、私はどうしても行く気にはなれぬ。あの塔の中にあるものは、もの恐ろしい沈黙と、総てのものを支配する大きい大きい暗黒ばかり、その沈黙と暗黒とへ、私はこの身を何んで投げよう。私はいつまでも此処にこうして機を織っていよう。(と機を織りつつ歌う)
若き世の恋の色彩、
日の如き赤き喜、
ああそれもまたたく消えて、
墓を巡る夕月の色、
悲しみの青き綾糸、
人生の縦となりけり。
(塔を眺め)そろそろ日が暮れると見えて、塔の上の湿った影が、だんだん下へ下りて来る。