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ひとつのめばえ

一つの芽生

宮本 百合子

「新日本」1918(大正7)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,627 字 · 29 页

青空文庫

何にしろ体質が体質なのだから、決してこわいことはあるまいと思うがとは云いながら、彼の顰(しか)めた顔の奥では、ちょっと触れても身ぶるいの附くほど冷たい、恐ろしい考えが、はっきりと浮んでいたのは、争われない事実である。

一日の激務に疲れて帰った父を苦しめまいため、日夜の看病で少し痩せたようにみえる母を悩ませまいため、父母の互の不安と恐怖とは、皆私をクッションとして交換された。そして、いよいよ自分のうちに明確な輪郭を調え、拡がりを増して来た「あれ」に就ては、その仄(ほの)めかす一言半句さえ云い出す大胆さを私は持ち得なかったのである。

小さい弟妹もあり、全然隔離し得る室もないので、九日に彼は入院することに定まった。母はもちろん彼自身さえ、十分全快し得る確信を持って、Z病院御用と朱で書いた寝台車に乗せられて行ったのである。

それから毎日、母と私が交代に半夜ずつ徹夜しながら、室に附属している堅い長椅子の上に宿(とま)った。

食堂が揺れそうに賑(にぎ)やかだった晩餐も、病院へ行く者があったり、帰る者があったりして、まるで雑駁(ざっぱく)な寂しいものになってしまった。