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ひとつのめばえ

一つの芽生

宮本 百合子

「新日本」1918(大正7)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,627 字 · 29 页

青空文庫

彼が厭(いや)がれば厭がるほど、熱のあるのを確かめた母は、いきなり手を延して額に触った。

そして、

「お前が何と云っても熱はあります。おはかりなさい」

と云って、検温器を無理に挾ませた。

出して見ると、九度五分もあったので、彼ももう何とも云えないで、おとなしく床に就くほかなかったのである。

心臓を冷してやったり、脈搏を数えたりしながら、腸の熱をずいぶん高くまで出す彼のふだんを知っている私は、不安らしい不安はちっとも感じなかった。

「カンコウ」か「ヒマシ油」の頓服でも行けば、あしたの朝はカラリと、まるで嘘のように癒ってしまう経験を、屡々得ているので、今度もまたその通りだろうと思った。

「何でもないのにおかあさま心配するから僕全くいやになっちまう。風邪にきまってら」

などと云いながら、別に苦しくもなさそうに寝ている彼の傍へ机を持ち出して、私はわりに落着いた心持で或る読みかけの本を開いていた。

心配は心配なのだけれども、もう少し後だったらすべてにおいてもっともっと危ない状態に置かれるところだったのを、いい工合に今始まってよかったという安心が、かなり強く私共の心を支配していたのである。