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いちのくらさわしょうめんのとうはん
一ノ倉沢正面の登攀
小川 登喜男
「山岳 二六の三」1931(昭和6)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,722 字 · 12 页
ようやく無事にこの難場をおえ、少し上の小さい緩傾斜の台地に落着くとすぐに食事にする。霧は相変らず辺りをかすめて巻上り、目近かに見える烏帽子型の岩峰や、尾根尾根に並び立つ尖峰を薄くぼかして、奇異な景観を造る。足下には霧のうすれた間から燻んだ雪渓がぼんやりとその姿を現す。
意外に時間を喰いそうなので、そこに心ばかりの積石を積むと、すぐに動き始める。それからは暫く、草付の混った岩場を右上へと縫うように登って行く。やがて小さな岩塊を右に廻って上に出て見ると、赤黒い大きな胸壁が行手を遮っているのに面した。前面及び左右ともに直立しており下から見ると、ほとんど取付く事も出来ないように思えたが、近付いて見ると尾根の行き尽した正面の右に入っている一本のリンネが、唯一の可能なルートを示している。尾根は両側のリンネへ急角度を以て落込んでいるからどうしてもそれにルートを取らなければならないと思った。胸壁の下に来て見ると、そのリンネは深く十米ほどのチムニーをなしているらしく、その入口まで尾根の行き尽した所から横に深い裂け目が走っている事を知って喜んだ。先ず裂け目の安全な手がかりに頼って、ほとんど足場のない一枚岩を膝の磨擦で助けながら、十米ばかりトラヴァースし、チムニーの中に身体を押込む。