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ひとりふたやく
一人二役
江戸川 乱歩
「新小説」春陽堂、1925(大正14)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,740 字 · 14 页
無論服装は、前日家を出た時のとおり換えているし、つけ髭もとってある。いつもなら、細君、ただは置かないのだけれど、今日はそれどころではない。彼女の方に、途方もない心配があるのだ。妙な工合で、だんまりで、Tは茶の間へ通る、細君は青い顔をしてあとからついて来る、といった鹽梅だ。
暫くすると、細君がおずおずしながら聞くんだね。
「この煙草入れ、どっかで取りかえていらっしったのじゃなくって」
いうまでもなく、例の銀製のシガレット・ケース。
「いいえ、それ、どうかしたのかい」
と、Tがとぼけて見せると、
「だって」と少しあまえて、「ゆうべ、あなたがもってお帰りなすったのじゃありませんか」
「へええ」と更にとぼけて「だが、僕のはちゃんと、これ、ここに持っているよ。それに、第一僕がゆうべ帰ったって?」ここで少し調子を高める。この一言で、細君をハッとさせる訳だね。
などと、落語家みたいに、会話入りでやっちゃ、際限がないから、それはよすとして、よろしく一問一答を繰りかえしたのち、とど、細君が昨夜の一伍一什を、打開けて了うところまでこぎつけた。
そこで、Tはさも不思議相な顔をして見せ、そんな馬鹿なことのあろう道理がない。