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いったとはは
一太と母
宮本 百合子
「女性」1927(昭和2)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,507 字 · 21 页
番頭や小僧が大勢いる店と云えば、善どんと小僧とっきりいない米源よりもっと大い店だろうが、そんな店が自分の家だったのだろうか?
ぼんやり思い出せぬ思い出を辿る一太の耳に、猶々つづいて母親の声がする。だんだん途切れ途切れになり、急に近く大きく聴えたかと思うと、スーッと微になる。いきなり、
「一ちゃん」
一太ははっとしてあっちこっち見廻した。
「ちょっとこっちへおいで」
「ほら、一ちゃん、おばさんが何か御用だよ」
一太は立って境の唐紙をあけた。粗末な長火鉢を前にして坐っている伊藤の細君が、
「さ、お鼻薬」
と、猫板の上に小皿に盛った黒豆を出してくれた。甘く煮た黒豆! 一太は食慾のこもった眼を皿の豆に吸いよせられながら、膝小僧を喰つけて小さくその前に坐った。一太は厳しく云いつけられている通り、
「御馳走さま」
とお礼を云った。母親の頭が唐紙の隙から出た。
「おやまた何か戴いたんですか……済みませんねえ」
そして、細君に向って愛想笑いしつつ、
「だから御覧なね、外の方じゃないからいいようなもんの、まるでおねだり申したみたいじゃないか」
と一太を叱った。
「あなたもちとお茶でもおあがんなさいよ、こっちで」