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いっぽんのはな

一本の花

宮本 百合子

「改造」1927(昭和2)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,709 字 · 55 页

青空文庫

長椅子の横一杯に脚をのばし、読んでいる彼女の楽な姿勢を、朝子は凝っと見ていたが、突然顔と頭を、いやいやでもするように振り上げ、

「ね、ちょっと、私二つに裂けちゃう」

小さい、弱々しい声で訴えた。

「何云ってるのさ」

膝の上へぽたりと雑誌を伏せ、笑いかけたが、朝子の蒼ざめた顔を見ると、幸子は、

「――どうした」

両脚を一時に椅子から下した。

「ああ二つんなっちゃうわよ、裂けちゃう」

朝子は背中を丸め、強い力で幸子の手を掴まえて自分の手と一緒くたにたくしこんで、胸へ押しつけた。

「どうした、え? これ!」

幸子は、駭いて、背中を押えた。

「口を利いて! 口を利いて!」

朝子は、涙をこぼしながら、切れ切れに、

「暗い瞬間!――暗い瞬間!」

と囁いた。

九

転退を欲する本能、一思いに目を瞑って墜落したい狂的な欲望、そういうものだけが、やがて朝子の心の中に残った。それ等の欲望が跳梁するとき、常に仲介者として、大平の存在が、朝子の念頭から離れぬ。朝子は、自分に信頼出来ない心持の頂上で、その日その日を送った。生活はほんの薄い表皮だけ固まりかけの、熱い熔岩の上に立ってでもいるように、あぶなかった。