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いちまいのきっぷ
一枚の切符
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1923(大正12)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,503 字 · 27 页
戦慄すべき、犯罪の天才、私は嫉妬に狂った、而かも肺結核という――夫れは寧ろ患者の頭脳を病的にまで明晰にする傾のある所の――不治の病に罹った、一人の暗い女を想像した。凡てが、暗黒である。凡てが、陰湿である。その暗黒と陰湿の中に、眼計り物凄く光る青白い女の幻想、幾十日幾百日の幻想、その幻想の実現、私は思わずもゾッとしたのである。
それはさて置き次に第二の疑問である、足跡が博士邸に帰って居なかったという点はどうか。これは単純に考えれば、轢死者が穿いて行った靴跡だから、立帰らないのが寧ろ当然の様に思われるかも知れない。が、私は少し深く考えて見る必要があると思う。かくの如き犯罪的天才の所有者なる博士夫人が、何故に線路から博士邸まで、足跡を返すことを忘れたのであろう。そして、若しPL商会の切符が、偶然にも列車の窓から落されなかった場合には、唯一の手懸りであったであろう所の、拙い痕跡を残したのであろう。
この疑問に対して、解決の鍵を与えて呉れたものは、第三の疑点として上げた、犬の足跡であった。私は、彼の犬の足跡と、この博士夫人の唯一の手ぬかりとを結び合せて、微笑を禁じ得なかったのである。