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おもと

万年青

矢田 津世子

「婦人日本」毎日新聞社、1942(昭和17)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,043 字 · 13 页

青空文庫

「隠居さんに、万が一のことがあったら、お前さんは何が欲しいね。」

唐突だったので、福子は何んのことかと眼を大きくして見た。

隠居は笑って、

「まあさ、仮りの話だよ。これでも隠居さんは、まだまだ長生きするつもりだからね。」

と、福子を安心させておいて、そして附け加えた。

「この間ね、家の者や嫁さんたちが集まったところで、隠居さんが聞いてやった。隠居さんが死んだら、みんなは、何が欲しいね、気持を開けて話してごらん、ってね。みんな、言い出したよ。本家の嫁さんはまあ、あの屋敷と伊東の別荘だそうな。孫娘の辰子はね、一生暮せるだけのお金だそうな。麻布じゃあ、吉祥寺の土地が欲しいって言い出すし、三ばん目のは会社の株が欲しいんだそうな。なかなか賑やかなことだった。ところで、お前さんはその場にいなかったんでね。お前さんは何が欲しいね?」

隠居は、福子の涙の張った眼を見て、びっくりした。言葉もなく、しばらく福子を見ていた。隠居も潤み眼になっていた。

「いいよ、いいよ。」

隠居には、これしか言葉がないようだった。

「おばあさん、お湯が煮立ってますよ。」

縁側から良人が声をかけた。