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さんじゅっさい

三十歳

坂口 安吾

「文学界 第二巻第五号」1948(昭和23)年5月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,211 字 · 32 页

青空文庫

それが彼女にひゞかぬワケはなかった。彼女は突然ヒステリックに言うのであった。

「私、女流作家然とみすぼらしい虚名なんかに安んじて、日本なんかにオダテラレ甘やかされていゝ気になっていたいなどゝ思ってはいないのです」

私はそのダシヌケなのに呆気にとられてしまう。然し、あの人の顔は血の気がひいて、とがり、こわばっているのであった。

「私が女学校をでてまもないころ、私に求婚した最初の人があったんです。私が求婚に応じてあげなかったものですから、私の住む日本にいるのが堪えられないと、今は満洲に放浪し、呑んだくれているのですけど、私のことを一生に一人の女だといって、世間の常識がどうあろうとも、自分の心には、妻だと言いきっているのです。粗野で、狂暴で、テンカン持ちのように発作的な激情家で、呑んだくれですけど、その魂には澄みわたった光がこもっているのです。日本も、そして全てのものを捨てゝ、満洲へ、あの人のところへ、とんで行きたくなることがあります。あの方の胸には清らかな光が宿っているから」

あなたの胸には、それがない。光もなければ、夢もない、陰鬱な退屈と、悪意の眼があるばかりである。