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シャンペン
三鞭酒
宮本 百合子
「婦人倶楽部」1927(昭和2)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,269 字 · 5 页
あのような禿でも、あのように恋愛が出来る!
「何故断言出来るの」
「だって……氷の中のは三鞭酒よ。――十人の中九人まで、若しかすれば十人が十人、細君と夕飯を食べるからって三鞭酒を気張りゃあしないことよ」
水色格子服の女性は、若い女のように小指をぴんと伸して三鞭酒盞を摘みあげた。男も。乾杯。
三鞭酒は、気分に於て、我々の卓子にまで配られた。少し晴々し、頻りに談笑するうちに、私は謂わば活動写真的な一場面を見とめた。事実黄金色の軽快なアルコオルが体内に流れ込んだのだから、隣の食卓の一組は食堂に来た時より一層若やぎ恍惚として来たらしい。男は今、つれの婦人のむきだしの腕を絶えず優しく撫でさすりながら、低声に顔をさしよせて何か云っている。婦人は、平静に母親らしい落付きを保とうと努めながら、愛撫や囁きやアルコオルのため兎角ぐらつきそうになる。映画では大抵若い役者の役割であるラブ・シーンが、このように禿げた男、このように皮膚が赧らみ強ばった女によって現実になされるのを目撃するのは、何か、一嗅ぎの嗅ぎ煙草でも欲しい心持を起させるものだ。私は氷菓を一片舌にのせた。その途端、澄み渡った七月の夜を貫いて、私は何を聞いたろう! 私は、極めて明瞭に男の声を鼓膜から頭脳へききとった。