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ふざいじぬし
不在地主
小林 多喜二
一~十一、十六「中央公論」1929(昭和4)年11月号、十二~十五(「戦い」の表題で。)「戦記」1929(昭和4)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,990 字 · 141 页
父だった。
暗くなってから、荷物を背負って外へ出た。峠を越える時、振りかえると、村の灯がすぐ足の下に見えた。健は半分睡り、父に引きずられながら、歩いた。暗い、深い谷底に風が渡るらしく、それが物凄く地獄のように鳴っていた。――健はそれを小さい時にきいた恐ろしいお伽噺のように、今でもハッキリ思い出せる。
「誰とも道で会わねばええな。」――父は同じことを十歩も歩かないうちに何度も繰りかえした。
五十近い父親の懐には「移民案内」が入っていた。
道庁で「その六割を開墾した時には、全土地を無償で交付する」と云っている土地は、停車場から二十里も三十里も離れていた。仮りに、其処からどんな穀物が出ようが、その間の運搬費を入れただけで、とても市場に出せる価格に引き合わなかった。――それに、この北海道の奥地は「冬」になったら、ロビンソンよりも頼りなくなる。食糧を得ることも出来ず、又一冬分を予め貯えておく余裕もなく、次の春には雪にうずめられたまま、一家餓死するものが居た。――石狩、上川、空知の地味の優良なところは、道庁が「開拓資金」の財源の名によって、殆んど只のような価格で華族や大金持に何百町歩ずつ払下げてしまっていた。