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ふざいじぬし

不在地主

小林 多喜二

一~十一、十六「中央公論」1929(昭和4)年11月号、十二~十五(「戦い」の表題で。)「戦記」1929(昭和4)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,990 字 · 141 页

青空文庫

今年はこの後若し雨にでも降られれば「事」だった。

阿部の家の前の暗がりで、不意に犬が吠え立った。家の中から誰か犬の名を呼んでいる。小さい窓を大きく影が横切って、すぐ入口の戸が開いた。阿部が顔を出した。

旭川の人はまだ来ていなかった。

八人程集っていたが、若いものは健一人だけで、皆家をもっている農場でも真面目な年輩の小作ばかりだった。それは意外だった。健は漠然と若い人達ばかりと思ってきたのだ。――然し、その人達を見ると、やっぱりこれが本当だと思わさった。太い、ガッシリした根が、眼には見えず農場の底深くに、しっかり据えられているのを感じた。

「作」のことが、やっぱり話に出ていた。

吉本管理人は、いくら田を見せて頼んでも、決してそのまま岸野に知らせてやってはくれなかった。裏では、吉本を本名で呼ぶものはいない。「蛇吉蛇吉」と云っている。管理人だから黙っているけれども、誰かに不幸があったとき、地主が小作人に送って寄こす「香奠」から頭を割った。自分ですっかり書き直して、それから小作のところへ香奠を持ってきた。道路や灌漑溝の修繕工事をすると云って、日雇賃を地主から出さして置いて、小作人を無償で働かし、それをマンマと自分のものにしてしまった。