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ちゅうしゆうき
中支遊記
上村 松園
「画房随筆」錦城出版社、1942(昭和17)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,238 字 · 13 页
そういえは此処の自動車は何時間でも人を待っていてくれる。上海のホテルの六階から見おろした表通りに、それこそ何百台と数えられる自動車がずらりと並んで駐車しているのを思いだす。あれだけの自動車がいつ客を乗せる番に廻り合わせるのかと思っただけで気が揉めるであろうのに、支那人は悠々と待っているのであろう。
連絡船にて
往路の長崎丸は静かな船旅であったが、帰途の神戸丸は上海を出離れるとすぐから少しゆられた。人々はすぐ寝こんだので私もそれにならい、ついに船酔いも知らずにしまった。
長い旅の経験もない私にとって一ヵ月といえば大変なものであるが、過ぎさったものはほんの短い時日にしか思えない。この年になって日本以外の土地に足跡を残したのは思いもよらぬ幸いといわなければならないであろう。だがいま自分は日本に向っているのだと思うと、やはり沸々とした心楽しさがあるように思われる。船特有のひびきは絶えず郷愁のようなものを身体に伝えて来る。
「陸が見えますよ」
と、いう声は本当になつかしいものに聞こえた。激しい向い風のなかに見え始めた故国日本の姿はまったく懐かしい限りであった。