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くがつのあるひ

九月の或る日

宮本 百合子

「時事新報」1926(大正15)年9月21、22、25、26日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,130 字 · 11 页

青空文庫

「じゃ、私はどうです」

「私は?」

網野さんは真面目な顔で差しだされた腕を一々抓み、

「すこうし――ね?」

と云った。

「どれ」

今度は私共が各やって見た。子供のぱっちりした体をそっと抓みよせて見ても、このように指先に皮膚と筋肉との境は知覚されないだろう。

「なるほどね――私なんぞひどい」

とYが感服した。

「年のせいもあるわ」

三人が抓みっこをしていたテーブルに、夕刊が一枚あった。私がどけようとすると、

「あ一寸」

とYがとめた。

「その本を買うんですよ」

石川啄木の歌が広告に利用してあった。

「働けど働けど我生活は楽にはならざり凝っと手を見る」

元○○新聞記者××著「金の廻し方、殖し方」

「ほんとう?――でもこんな本の広告に啄木の歌を使う時代なのね」

すると、Yが低い声でその歌をよんでいたが、

「――どうです――皮と身と離るゝ体我持てば――っていうのは。下の句をつけませんか」

「そうね……」

「何がいいでしょう……あ、こんなのはどうでしょう」

網野さんが云わない先から自分の考えのおかしさにふき出し、袂で顔を抑えながら笑い笑い、

「利殖の本も買ふ気になれり」

と下の句をつけた。