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くだん

九段

坂口 安吾

「別冊文藝春秋 第二〇号」1951(昭和26)年3月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,870 字 · 20 页

青空文庫

「明日の朝九時までに必ず行きますよ」

「本因坊、呉清源両氏も夜の七時までに集るのですから、あなたも」

「オレは観戦記を書くだけだ。明朝の九時までに行けばタクサンだ」

平山終戦中尉、憲兵のようにニヤリニヤリと笑う。

「今晩七時にモミヂにつく。一パイのむ。一風呂あびてねむる。ちょッとしたダンドリですな。悪くない」

こう出勤を疑われてはこッちも自信がくずれるから、やむを得ず自動車で運ばれて行った。これがモミヂの門のくぐりぞめというものであるが、呉清源氏が前夜来神様と共に行方不明で夜十二時に至るまでモミヂへ来着しなかったから、呉清源係りの多賀谷前覆面子は食事が文字通り一粒もノドへ通らないのである。本因坊と私とが一パイのんでいる傍で、にわかに両手で頭をかかえて、

「アアッ!」

と、断末魔の一声をふりしぼって、ぶッ倒れ、空虚な目をやがて力なく閉じて、

「オレは死んだ方がいいや」

背中をタタミへすりつけるようなモガキ方をして、やがて全然動かなくなる。

「フーッ」

鯨のような溜息を吐いてモゾモゾ起き上り、

「アア。もうダメだ。オレは泣きたいよ。イヤ。泣く涙もでないや」

フラフラといずれへかよろめき去る。