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ちぶさ
乳房
宮本 百合子
「中央公論」1935(昭和10)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,932 字 · 56 页
二つの小さい鉄独楽が陽に光りながら盛に廻っているぐるりをめぐって、繩をもった二人の男の児は、シッ、シッ、唾を飛ばしながら力一杯に繩をふり、自分の独楽に勢をつけ、横を何が通ろうが傍目もふらない。その様子を見るとひろ子はなおさら、今出て来た会合と自分に腹が立った。
歩調をゆるめて腕時計を見、ひろ子は一層おそく歩きながらハンドバッグをあけて、中仕切を調べた。一週間ばかり前に裁判所へ行って貰っておいた接見許可証は、四つに畳んだ端がささくれたようになって入っている。十銭、五銭とりまぜの財布の口をしめ、ひろ子はもう一遍首をかしげるような恰好をしたが、時計を見直すと、今度は地味な黒靴をはっきりとした急ぎ足になって停留場に向った。
重吉が市ケ谷の未決に廻されたのは、半年程前のことであった。警察には十ヵ月以上置かれた。はじめ半年ばかりの間は、ひろ子まで警察に留められていたのでもとより会えず、ひろ子がかえってからも、重吉への面会は許可されなかった。重吉が未決にまわったことがその日の夕刊でわかって、裁判所へ初めて許可を貰いに行った時、ひろ子は予審判事にこう云われた。
「警察では自分の姓名さえも認めておらんのだから、深川重吉という人物は謂わばいるかいないか分らんようなものだ。