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ちぶさ

乳房

宮本 百合子

「中央公論」1935(昭和10)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,932 字 · 56 页

青空文庫

なるほど、枯草の生えた泥溝の中へ、頭を突こむような恰好で標識がぶちこまれている。

「今朝は何ともなっていなかったわねえ」

「うん、出がけには気がつかなかったわ」

板橋の上へ並んで子供らは驚きを顔に現し目を大きくして見ていたが、タミノに手をひかれていた袖子がいきなり、オカッパをふり上げて叫んだ。

「ね、あれ、うちの父ちゃんがこしらえたんだね」

「そうよ。わるい奴、ねエ」

ひろ子は、土管の側からそろそろと片脚をおろし、枯草の根っ株を足がかりに、腰を出来るだけ低くして手をのばして見た。そうしても、鯱鉾立ちをしている標識までは、なお二尺ばかり距離があった。

「ちょっと! あなたまでおっこっちゃ、やだよ」

「大丈夫」

その時道路のむこう側に洗濯屋の若い者が来て自転車をとめ、女と子供ばかりでがやついている様子を珍しげに眺めていた。

「――そりゃ、綱でもなけりゃ無理でしょう」

手の泥をはたき落しながら、ひろ子も断念して、

「袖ちゃんのお父さんが来たら上げて貰おう、ね」

皆で引かえす道で、二郎がしつこく訊いた。

「ね、だれがやったの? どうしてあんなにすてたんだろ」

腹を立てていたタミノは、赤い頬っぺたを四角いようにして、袖子の手をひっぱって大股に歩きながら、