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ちぶさ
乳房
宮本 百合子
「中央公論」1935(昭和10)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,932 字 · 56 页
「じゃ、とにかく何とかしますから」
ひろ子は、やがて両手を膝に突ぱるようにしてゆっくり立ち上りながら云った。
「――今頃ふらふらして、あなた、大丈夫かしら」
「マアいいだろう、第三日曜だから。――じゃ失敬。折角寝たところを起してすみませんでした」
元気よく外へ出かけて、大谷は、
「ホウ」
敷居をまたぎかけたなり、ひろ子の方へ首を廻らして、
「もうこんなだよ」
フーと夜気に向って白く息を吐いて見せた。夜霧に溶けた月光は、さっきより一層静かに濃く、寒さをまして重たそうに見えた。そこを劈いて一筋サッとこちらからの電燈の光が走っている。ひろ子は雨戸に手をかけた姿で、身ぶるいした。
「――重吉さんから手紙来るか?」
「もう二週間ばかり来ないわ――どうしたのかしら」
「戦争からこっちまたなかの条件がわるくなったんだナ。――会ったらよろしく云って下さい」
「ええ。ありがとう」
ひろ子はつよく合点した。そして、良人の深川重吉の古い親友であり、現在の彼女にとっては指導的な立場にいる大谷の戛々と鳴る下駄の音が、溝板を渡るのをきき澄してから、戸締りをして、二階へ戻った。
二