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かんぱい

乾杯

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,788 字 · 18 页

青空文庫

」

彼女は大きく息をついて、静かに言いました。

「あたくしも、それより外に途はないと思っておりました。」

彼女は両の眉が心持ち寄りあったまま、微笑みました。

「乾杯して頂けますかしら……。」

山川正太郎は立ち上りました。そして二三歩あるいて、言いました。

「あなたのその額の痣は……どうして出来たのか、聞かして下さい。」

彼女は、彼が驚いたことには、ほんとににっこり笑って、話しました。

けれど、彼女のその話も、すこぶる曖昧なものでした。或る時、亡夫と諍いをしたというのです。――良夫がもう酔っ払って、正体もなくなっているのに、まだ、到来物の鹿児島の本場の焼酎をあおろうとしたから、彼女はそれをとめた。むりにとめると、お銚子をやにわに投げつけられた。それが、額に当って打撲と裂傷とになり跡が残ったものらしい……。

「それからは、あたくし、男の方のお酒には、もう口を出さないことにしました。」

憤懣とも自嘲ともつかないものが、山川正太郎の胸うちにこみあげてきました。

――あれほど気にとめていた彼女の痣は、ただそれっぱかしのものであったのか。それぐらいのことさえ、俺は彼女についてまだ知らなかったのか。