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かんぱい
乾杯
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,788 字 · 18 页
そこにはまだ、ウイスキーの瓶やビールの瓶が数本、中身を一杯たたえて残っていました。つまみ物はチーズにピーナツというところでした。それから、ベランダの小卓に、山川正太郎が片肱をついて、掌に額をもたせていました。その前には、ゲテ物ですが、柿酒と称するもの、麦製の強度な蒸溜酒に乾柿の甘味を配した液体が、把手のついた瓶に重くとろりと静まっていました。
「あちらで、おやすみになりましては……。」
そういう言葉を、山川正太郎は二度聞きました。けれど、返事もしなければ、身動きもしませんでした。三度めに――
「もうずいぶん、召し上ったようですから……。」
山川正太郎は顔をあげて、室内の方を見やりました。
――そうだ、ずいぶん飲んだ。そして、ずいぶん酔ったようだ。
だけど、醒めながら酔い、酔いながら醒める、そうした心地は、しんしんと深いものがありました。その深さの故に、いろいろなものがはっきり見えてきました。
とりわけ、彼が見ていましたのは、もう其処にいない客たちの、それぞれの足跡でした。宴席で、皆が飲み食い饒舌っているうちは、ただ一つの雰囲気を拵えるものですが、やがて、一人去り二人去り、一同が去ってしまうと、そのあとの妙に佗びしい空間に、暫くは、各人の何かが刻まれて残っています。