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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
「やっぱりそうだ」
それは多計代の機嫌のよくない、すこしのどのつかえたような声であった。伸子は、椅子の上でくるりとまわって母を見た。
「やかましかって?」
「――どうせおきていたんだからかまいやしないけれどね」
伸子はピアノのふたをしめ、お召の短い丹前を羽織った母の肩を押すようにして洗面所の方へ廊下を歩いた。
「顔、まだ?」
「ああ――。お父様ったら、どうしてああなんだろう」
「ああって?」
「ひとがどんな気持でいようが一向おかまいなしだからさ。――どうしてああ寝られるんだろう」
多計代は、泰造はじめ家族のものがみんなでつかっている瀬戸の白い洗面台をつかわず、自分だけ、わきの流しで別に白エナメルの洗面器をつかった。多計代は、踏台になる木の腰かけにかけ、ガスの湯わかしから洗面器へ湯のたまるのを待ちながら、
「伸ちゃんは、物質主義だからあたりまえのことだろうが、わたしにはお父様の何ぞというと、食わしてやっている、がじつにたまらない」
満足に眠らなかった一夜があけて、母の心持には、父とちがって、きのうからの続きがはっきりつながっているのであった。いつの間にか自分が、物質主義ときめられているのを伸子はおどろいた。