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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

自分に貰うことになった古い用箪笥を片づけているとき、伸子は、偶然明治四十年という日づけのあるその母の手紙を見たのであった。改良服を着てバラの花をもった三十をこしたばかりの多計代のその頃の写真が、そっくりそのまま字になったような手紙であった。伸子は珍しくなつかしくて、遠慮しながら丹念に眺めた。そのとき、手紙のおしまいの行がどうしてバッテンつづきで終っているのか、不審だった。あとになって伸子は思い当ることがあった。バッテンは、KISSを意味するバッテンであったらしい、と。あんなにどっさりの、おしまいは墨さえかすれたがむしゃらなバッテンバッテン――。伸子は足かけ五年留守居していた母が兄上様と宛名にかいていたこころもちを思いやり、同時に、そのどっさりのバッテンに親愛を感じた。その頃の写真にうつっているふっくらした母の手つきの愛らしさ、子供らしさをそこに感じた。

そういう手紙をロンドンでうけとったとき、泰造が、いつも、まずそれをポケットにしまって、しばらく落ちつかなそうにしていたあげく、きっと何とか彼とか口実をみつけて友人たちのいるその部屋から出て行ったものだ。