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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

伸子は、これまで自分について常にいわれて来ている一つの悪口を思い出した。それは伸子が食うに困ったことがなく、貧乏の味を知らないということであった。あの三人の青年たちも、よりよりそんな噂をして、一つ行ってやれ、という風にして来たのだったかもしれない。

日ごろ伸子は、自分につきもののようなそういう悪口に余り拘泥しなかった。食うに困らずに育った、という偶然の事実は、ある人々がいうように、人生がわからないことだと直訳されきれるものでない。そのことを伸子は確信していた。食うに困った覚えがないということが、ただ人間を低めるだけの意味しかないものだとも信じなかった。さもないなら、大昔から人間の善意がどうしてあんなに熱心に、貧困による不幸や暗さとたたかいつづけて来ただろう。ユートピアを考えたひとは、誰だって、まず第一に貧困というものがない社会を想像した。

無産階級、プロレタリアという言葉は、文学の分野にも生れて来ていて、伸子はその字を賑やかに新聞や雑誌の上で見ていた。何年か前、吉野作造が帝大主催の講演会で、サン・シモンとフーリエの話をしたことがあった。その頃まだ袴をはいていた伸子は非常な興味をもって講演をききノートをとった。