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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

十六

多計代は前崎の家に二十日ばかり逗留した。六月も二三日で終るというころ、伸子は多計代からのよみにくい草書の速達をうけとった。例の好物がなくならないうちに、と書かれている。前崎へゆくと、いつも国府津でかまぼこを買って来るのだった。

伸子は、茶の間でそのハガキを見ながら、

「かまぼこもらって来ようかな」

といった。

「あすこのかまぼこ、うまいにはうまいが、義太夫でいえば呂昇といったところだね」

そして、素子はその趣向を批評するように、

「いかにも動坂の人たちの気に入りそうな味さ」

といった。全く動坂の家の空気には、渋いところや、粋なところ、そういう味はなかった。多計代の着物や帯のこのみも大味で、縞でも多計代は大名縞を、娘の伸子の方がこまかい吹きよせの縞をきるという風なちがいがあった。

動坂の家へ行って、内玄関を上りながら、やっぱり母が帰っている生活はちがうと、伸子はおどろいた。どこがどうともいえないしまりが家の空気についていて、留守中来たときの、あの吹きぬけの感じはなくなっている。家じゅうに、近ごろずっと無かった落着きがある。それは、多計代が前崎から帰って来て、割合うちに落ちついている気分を映している。