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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

そういう切迫した場合でも、瀑布のように自分の上におちかかる多計代の情熱を、支え切れず圧倒される人物の悲鳴でこたえる越智ではない。いつもの、あのよせ木細工の衒学と論議で、負けたと示さずに多計代を退かせたにちがいない。おそらく多計代の自尊心がそれ以上耐えられないように、身をかわしながら、……。だからいうのに。――胸いっぱいに渋く湧く涙をとおして、この七つの言葉が伸子の心じゅうに鳴った。

多計代はもうそれきり何もいわず、鏡台にレースの鏡かけをおろしている。ふっさりと大きい庇の前髪の下に、多計代の顔は堂々と沈静されていて、そのかげに無限の軽蔑がふんまえられているのが感じられた。

その午後、多計代は珍しく戸棚の前に坐って、息子たちの下着類をよりわけたり、雑巾に縫う布を見つけたりした。伸子はそのわきにくっついて見物していた。そういう家政のことをしている多計代の表情には、何ヵ月かの間、彼女にとって目に入って来なかった家の内の些細なことごとが、いま、はっきり見えて来ている、という風があった。丁寧に、真面目に、いつもより言葉すくなくシャツを畳んだり、布地をわきへどけたりしている。