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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

多計代は越智を軽蔑しきることで、自分の高まりを感じ、そこに誇りをたもっている。伸子は、いつだったか父の友人が、保さんという御子息は奥さんの情熱の子ですね、といったことを思い出した。多計代は、そういわれたとき非常に満足の表情をした。保が生きてゆく具体的な内容よりも、多計代にとっては、彼がいつも変らない母の情熱の子であるという意識の方がさきに映っているのではないだろうか。保は、どういうことになるのだろう。伸子はどうしてもそれが気になった。堂々と、自分の問題はわりきれたことに誇りをとりもどしている多計代の様子は、忘られ二の次にされている保への残酷に似たものとして伸子に感じられた。

十七

そのころになって、素子の翻訳の仕事がほとんど完成した。前の年の初夏に着手されたものであったから、一年ぶりで出来あがった。素子としてはじめての大きい仕事であったし、文学史の上でも、ロシアの近代古典作家の生活の鏡として、特にモスクワ芸術座のはじまりごろの文献として、価値も興味もふかい書簡集であった。

出版書肆はきまっていなかった。けれども、一仕事終った素子ははればれとした顔つきで、赤くすきとおったパイプをくわえながら、厚く綴じこまれた原稿がいくつも重ねてのせられている机のまわりをまわって歩いた。