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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
「いらっしゃいまし」
よそのお客へするとおりのお辞儀をして、お茶をいれた。
「お父様山形なんだって?」
「さあ……」
伸子が名もはっきり知らないその女中は、主人のゆくさきを知らないのは自分の責任ではないという風に、からだをよじった。
「ゆうべ、お立ちになったことはなったんでしょう」
「はあ……」
「まあ、いいわ、ありがとう」
畳の上に絨毯をしき、坐って使う大テーブルを中央に据えてあるその部屋は、半分が洋風で片隅に深紅色のタイルをはった煖炉がきってあった。その煖炉の左右は、佐々ごのみで、イギリス流の長椅子になっている。その上に、どてらが袖だたみのままおいてあった。それは父のどてらであった。
伸子は、ハトロン包みの花をもって風呂場へ行った。洗面器へ水をはって、ハトロン紙につつまれているままのバラの花をそこへつけた。それから壁にとりつけてある鏡に向って、髪をかきつけた。
単純なその動作を終ると、伸子はたちまち次には何をしていいのかわからないような、とりつき場のない当惑にとらわれた。越智が来ている客間へは、どうにも入っていけないものがある。保のための家庭教師、高等学校へ入る試験準備の間、指導してもらった若い教育者である越智圭一は、はじめのうちは佐々の家庭にとって、みんなに一様の越智さんであった。