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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

「文学じゃない」

浴衣のひとは、苦笑のような笑い顔をした。

「経済と政治ですがね」

「よんだことはありません」

あるとおりに伸子は答えた。

「――そんな本の話きいたことはないですか」

伸子たちの生活の輪には、政治や経済の話をする人はなかった。

「一つよんでみる気はありませんか」

「さあ……」

自分の名もいわずに、いきなりそんな話をしはじめた人を、伸子はまた不思議に感じた。その心持を顔にあらわして立っている伸子に、その浴衣のひとは、また苦笑に似た笑顔を見せた。

「マルクス主義なんていう雑誌は、よまないんですか」

「よんだことないわ」

「文芸理論も出ますよ、篠原蔵人の立派な論文もありますよ」

「そうお」

篠原蔵人という名前で書かれた文学についての論文を、伸子はいつか雑誌でみたことがあった。読んだがわからなかった。引用から引用に続いた文章の組みたてで、伸子にはどこに、そのひとの文章があるのかよくわからなかった。そういう面ばかりつよく感じられて一層伸子の理解が戸惑わされた。

伸子は、そのとおりを浴衣のひとに話した。

「なるほどねえ――そういう風なものかな――しかしわかりますよ」