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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

河岸だって、この位のものを仕入れる者ア、ざらにゃいねえんだからね」

といっている魚屋の若いものの声がした。

素子がひやかしながら魚を買っている様子だった。素子は自分であれこれと選んで、気に入った魚を買うのが好きだった。

伸子は、玄関からあがって茶の間をぬけ、台所の板の間へ顔を出した。

「ただいま」

「ああおかえり」

素子のもっている吸いかけの煙草から、ひとすじの煙がゆるく立ちのぼって、それがかすかな風で日向に流れている。

伸子は玄関わきの六畳へ行って着がえをはじめた。そこへ素子が入って来た。

「動坂、どうでした?」

佐々の家を、伸子たちはその家のある町の名でよんでいるのであった。衣桁にほどいた帯をかけながら、伸子はあいまいに、

「そうねえ」

といった。

「相変らず、か……」

いくらか皮肉に素子がそういって軽く笑った。多計代と素子とは、互にまるで派があわない性格の二人の女であったし、動坂の家の気風も、伸子たちの生活気分と根本からちがった。動坂の家に一泊して来ると、伸子の心にはいつもずっしりと重い幾つもの感銘と、とけない不安とがのこされた。しかし、それは素子に一つ一つは話されなかった。