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ふたつのにわ
二つの庭
宮本 百合子
「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页
「あすこへ行きましょう、どんなとこでもいいわ。かけられさえしたら――」
素子は、まちきれないように、白ペンキをぬったその喫茶店のドアの内へ入るなり、マッチをすって、タバコへ火をつけた。
旅券の裏書ができれば、だいたい一ヵ月ぐらいのうちに出発しなければならない規定だった。伸子たちの旅行準備は、トランクを買うことから旅行のための服装の仕度まで俄に現実のこととしてせわしくなりはじめた。毎土曜日の午後やっていたロシア語勉強も、二人が大使館へ行った翌日で、おしまいにすることになった。素子は、課業をはじめる前いつもどおり帳面と本とを並べている浅原蕗子に、
「浅原さんいよいよきょうでおしまいですよ。ヴィザが一週間位のうちに出来るらしいから」
といった。
「ほんとですか」
蕗子は、いつものおとなしい声はそのまま、眼を大きくするような表情をした。そしてもう一度、
「ほんとですか」
と、念をおすように、同じ長椅子に並んでかけている伸子をかえりみた。
「こんどは、たしかそうよ」
伸子は、きのう自分たち二人がパルヴィン博士のところでどんなにのどのかわくような思いをしたか、ということを珍しい夫婦のくみあわせと一緒に話した。