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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

このうなぎ屋を伸子は知っている。よく知っている。佃の妻であったころ、急にお客へ食事を出さなければならないとき、伸子は台所口から前かけ姿のまま出て行ってはこのうなぎ屋へ中串やどんぶりを註文に来た。佃の家のある裏の通りから、ここへ出る角は時計屋で――昔のとおりの順序で、伸子の乗っているタクシーの窓に、二人の天使が舞いながら、時計盤を吊りあげている青銅の飾時計がおいてある時計屋のショウ・ウィンドウがあらわれて来た。この時計屋から佃の家までは、裏をまわって二町ばかりしかない。この時計屋の角へ出る道の一方のはしは石屋の角で、そこから入った裏通りのなかごろの右側に佃の家がある。伸子が、恐怖や、憎悪にうらづけられた鮮明さで覚えているその大きい石屋の、石柱を幾本も立てかけた石置場が、店のよこの天水桶とともに、ゆっくりタクシーの窓外をすべって行った。交叉点の手前まで来ると、伸子ののったタクシーはにわかにスピードを出して前方の障害物を迂回し、赤坂見附に向って走りつづけた。

伸子は、はじめから終りまでクッションにもたせかけている頭の位置を動かさず、タクシーの窓外にジリジリと移ってゆく、昔の生活の場所を瞳の中にうつしとった。