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ふたつのまつかわ
二つの松川
細井 吉造
「旅」1936(昭和11)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,511 字 · 10 页
だがわれわれの目的は松川の谷を見ることにある。しかも谷の姿は非凡だった。
両岸から入る支流は、ほとんど全部が滝となって落ちている。中央アルプスの伊那側の谷はどれもそうだが、谷の奥になって悪場が出て来る。松川もやはりそのカテゴリーからはずれてはいなかった。下流で見たあの大きな流れがいったん山すそに遁入すると、急にくびられたように狭くなって、滝の多い岩壁を露出した「鰐のあくび」のような形相に一変する。そして奔下する水が、汚濁とは言わないまでもどこか無気味な不透明さをたたえているのは、源流に大きな崩潰のある証拠なのだ。大ナメ八丁という場所は、烏帽子岳の頂稜から、真南に落下しているユワタル沢の合流点から始まる。わずかの間にすぎないが、花崗岩の一枚岩の川床に、滝と淵の数えきれない連続を、一本の糸で縫いあげたような眺めだった。そんなところでも水そのものの明澄美を汲みとることは困難だったほどである。水の美しさは谷の相をやわらげるけれども、片桐松川では逆に谷の険悪さに朱を入れたすごみを奏しているにすぎない。
うちに貯水池が出来るひどい雨漏り天幕の中で、まんじりとも出来ないこの夜ほど、長さをかこったことはなかった。