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にごうごしゃくにかんするあいこくてきこうさつ

二合五勺に関する愛国的考察

坂口 安吾

「女性改造 第二巻第二号」1947(昭和22)年2月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,935 字 · 16 页

青空文庫

しかし、われわれが日本カイビャク以来の異常児であり、壮烈児であることはまちがいがない。なぜなら、切支丹は三合で神を売ったが、われわれは二合一勺の、そのまた欠配つゞきでも、祖国を売らなかったからである。この事実は、すべてが公平な歴史となったときに、後世が判定してくれるはずである。

歴史と現実とは、かくのごとくに、まったく質がちがっている。現実というものは、いかなるときでも、いっこうにみずからの歴史的な機会のごときものを自覚しておらず、つねに居眠ったり、放尿したり、飲んだくれたりするたゞの人間であることを免れず、ぐうたらで、だらしがないものだ。歴史の人物は歴史のうえで、歴史的にしか生活していないが、現実の人間というものは、主として夫婦喧嘩だの、三角くじの残念無念だの、酔っぱらって怪我をしたのと、あさましいことばかりで、二合一勺のそのまた欠配つゞきでも祖国を売らなかった歴史的美談のごときは、みずから意志した気魄のあらわれではなかった。彼らは配給の行列で配給係のインチキを呪ったり、ときには大いに政府の無能を痛罵して拍手カッサイしている自分の方を自分だとおもっており、カイビャク以来の大奇怪事を黙認して、二合一勺のそのまた欠配だの、焼けだされの無一物に暴動も起さぬ自分を自覚してはいない。