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にはいじん

二癈人

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1924(大正13)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,388 字 · 23 页

青空文庫

……その時の何ともいえぬ変な心持というものは、二十年後の唯今でも、昨日のことの様にまざまざと思出されます。殊にあの老人の物凄い死顔は、寝ても覚めても、この眼の前にちらついて離れる時がありません」

井原氏は恐れに耐えぬ様に、あたりを見廻した。

「で、その出来事をかい摘んで申上げますと、その夜丁度、息子夫婦が泊りがけで親戚へ行っていたので、下宿の老主人は唯一人玄関脇の部屋に寝ていたのですが、いつも朝起きの主人が其日に限っていつまでも寝ているので、女中の一人が不審に思ってその部屋を覗いて見ますと、老人は寝床の中に仰臥したまま、巻いて寝ていたフランネルの襟巻で絞殺されて冷たくなっていたのです。取調の結果、犯人は老人を殺して置いて、老人の巾着から鍵を取出し、箪笥の抽斗をあけ、その中の手提金庫から多額の債券や株券を盗み出したことが分りました。何分その下宿屋は、夜更けに帰って来る客の為に、いつだって入口の戸に鍵をかけたことがないのですから、賊の忍入るにはお誂向きなんですが、その代りによくしたもので、殺された老主人が馬鹿に眼敏い男なので、滅多なこともなかろうと、皆安心していた訳なんです。