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にはいじん

二癈人

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1924(大正13)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,388 字 · 23 页

青空文庫

でした。今から考えますと、ほんとうにあの頃が私の一生中での花でしたよ。ところが、東京へ出て一年経つか経たない頃でした。私はふとある恐ろしい事柄に気附く様になったのです」

此処まで話すと、井原氏は何故か幽かに身震いした。斎藤氏は吸いさしの巻煙草を火鉢に突差して熱心に聞き始めた。

「ある朝のことでした。私がこれから登校しようと、身支度をしていますと、同じ下宿にいる友達が私の部屋へ入って来ました。そして私が着物を着換えたりするのを待ち合せながら『昨夜は大変な気焔だったね』と冷かす様に云うではありませんか。併し私には一向その意味が分らないのです。『気焔って、昨夜僕が気焔を吐いたとでも云うのかい』私がけげん顔に聞返しますと、友達は矢庭に腹を抱えて笑い出し『君は今朝はまだ顔を洗わないんだろう』などとからかうのです。でよく聞訊して見ますと、その前の晩の夜更けに、友達の寝ている部屋へ私が入って行って、友達を叩き起して矢庭に議論を始めたのだ相です、何でも、プラトーとアリストテレスとの婦人観の比較論か何かを滔々と弁じ立てた相ですが、自分が云い度い丈け云って了うと、友達の意見なんか聞きもしないで、サッサと引上げて了ったというのです。