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にじゅうしんぞう

二重心臓

夢野 久作

「オール読物」1935(昭和10)年9、10、11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,188 字 · 129 页

青空文庫

「それは、わからないよ。見物人という奴は劇場関係者よりもモット薄情な、モット好奇心の強い人種だからね。何でも亡き轟氏の魂はあの劇場に残っているに違いないのだから、今日の芝居を中止しないのが、せめてもの孝行の一つですと、眼を真赤にして云っていたがね。呉羽嬢は……」

「今何を演っているのですか」

「何を演っているか知らんが……アッ。そうそう。大森署へ切符を置いて行きおったっけ……新四谷怪談とか云っていたが……」

「ヘエ。そうするとアトはその犯人を捕まえるダケですね」

「そうだよ。相当スゴイ奴に違いないよ」

「そうすると疑問として残るのは……」

「疑問なんか残らんじゃないか」

「イヤ。これは僕が勝手に考えるんですがね。第一は被害者の轟九蔵氏が、その犯人を迎え入れた心理状態……」

「それは犯人を取調べればわかるじゃろ」

「第二が、その屍体に現われた無抵抗、驚愕の状態……」

「無抵抗とは云いはしないよ」

「けれども事実上、無抵抗だった事はわかっているでしょう。そんな場合には無抵抗の表情と驚愕の表情とは同時に表現され得るものですし、同じ意味にも取れない事はないでしょう。のみならず、そうした被害者の犯人に対する気持は机の曳出に在ったピストルを取出さずに、犯人を迎え入れた事実によって、二重三重に裏書きされていやしませんか。