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にじゅうしんぞう

二重心臓

夢野 久作

「オール読物」1935(昭和10)年9、10、11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,188 字 · 129 页

青空文庫

「イヤ。費用なんか一文も要りません」

「いいえ。いけません。他人の間は他人のようにしとくもんです」

「エッ……他人……」

「ええ。そう。今じゃ全くの赤の他人でしょう。ですからそのつもりでいらっしゃい。それからの御相談は、何もかも来月の十日過にお願いしますわ」

ハッと感激に打たれた江馬は深海魚のように眼を丸くして呉羽の顔を凝視した。口をアングリと開けて棒立ちになっていたが、やがてクシャクシャ頭をガックリとうなだれると、涙をポトポトと落しながら口籠もった。

「かしこ……まりました」

そうして、なおも感激に堪え切れないらしく、兵隊のようにクルリと身を飜すと、非常な勢いでホールを出て行った。百雷の落ちるような凄じい音を立てて階段を駈け降りて行った。

「……ホホ……確証を掴んだシャロック・ホルムズ……義憤に駈られたアルセーヌ・ルパン、ホホホホホハハハハハ……」

星だらけの空を真黒く区切った樫の木立の中に燈火を消した轟家は人が居るか居ないか、わからない位ヒッソリとしている。表門に貼付けた「不幸中に付家人一切面会謝絶」と書いた白紙が在るか無いかの風にヒラヒラと動いているきりである。