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きょうのしき

京の四季

和辻 哲郎

「新潮」1950(昭和25)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,914 字 · 16 页

青空文庫

そういう年は紅葉の色も何となく映えない。しかし気候の具合で、三年に一度ぐらいは、遅速があまりなく、一時に全部の樹の紅葉がそろうこともあった。それは大体十一月三日の前後で、四、五日の間、その盛観が続いた。特に、夕日が西に傾いて、その赤い光線が樹々の紅葉を照らす時の美しさは、豪華というか、華厳というか、実に大したものだと思った。しかしその年の紅葉がそういうふうに出来がよいということの見透しは、その間ぎわまではつかないのである。手紙で打ち合わせをして東京から客を呼ぶ、というだけの余裕はなかった。老人は、夏が旱魃であればその秋の紅葉は出来がよい、と言ったが、それは必ずしも当たらなかった。たぶん、気候の条件がそろっている上に、その年の霜の降り具合が仕上げをするのであろうと思う。いずれにしても、高山とか高原とかでなくては見られないような美しい紅葉が、大都会の中で見られるのである。

紅葉は大体十一月一杯には散ってしまう。楓の樹が数十本もあると、その下に一、二寸に積もっているもみじの落葉を掃除するのはなかなかの骨折りであった。もみじの落葉を焚いて酒を暖めるというのが昔からの風流であるが、この落葉で風呂を沸かしたらどんなものであろうと思って、大きい背負い籠に何杯も何杯も運んで行って燃したことがある。