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ひとのくに

人の国

豊島 与志雄

「随筆」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,761 字 · 16 页

青空文庫

「少し違っていますよ。嬰児の如くならずば天国に入ることを得ず……というのじゃありませんか。」

久保田さんは眼をくるくるさして、満足げに怜悧な長男を眺めた。その時、新たな想念が頭を掠めた。

「なるほど、嬰児……だが天国はいかんよ。嬰児の如くならずば神の国に入ることを得ず。そこで……子供の如くならずば人の国に入ることを得ず……大人の如くならずば悪魔の国に入ることを得ず……。」

「叔父ちゃん、ほら、臼だよ。」

膝頭まで御鉢入れを被ってごそごそやりながら、子供が徐々に近寄ってくるのを、久保田さんは突然気付いて、わざと頓狂な声を出して、少し後ろに飛びしざった。

「神の国……人の国……悪魔の国……。」

繰返し胸の奥で唱えていると、頭の中がぱっと明るくなったような気がした、と同時に、室の中も妙に明るくなったようだった。

「ほほう、なるほど!」

という気持で、久保田さんは一同の顔を見廻した。それから肩をぴくりとさした。そこへまた臼がやって来た。

「さあ此度はまたわしが臼だ。」

御鉢入れを子供からひっこぬいて、頭にすっぽりと被った。

それから、女中が蜜柑を持ち出すまで久保田さんは子供達と遊んだ。