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ひとのくに

人の国

豊島 与志雄

「随筆」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,761 字 · 16 页

青空文庫

「兎に角いい運だ。大事にしなくちゃいけない。」

そう云いながら突然わきを向いて、庭の中を歩き出した。もう明るい光がさして、木の葉が一枚一枚輝いていた。雀の囀る声が急に耳についてきた。久保田さんは小さな木鋏を取ってきて、植込の枯枝を切ったりなんかしながら、朝食までの時間を庭で過した。

その日はいつもより頭がよくて、仕事がわりに捗った。そして夜は早めに寝た。

翌朝も久保田さんは早く起上った。庭を暫くぶらついていると、昨日の通りお清に出逢った。此度は自分の方から微笑みかけて、応えの笑顔を見てから、すぐに云い出した。

「手相をみてあげるから、手をかしてごらん。」

「あら、またでございますか。」

「昨日のは間違っていた。男の手相をみるのは左手だが、女のは右手でなくちゃいけない。右手を出してごらん。」

ちらと動いた彼女の眸の光を捉えると、久保田さんの胸の中はぱっと明るくなった。そして彼女の右手を取ったが、どうしたはずみにか、その四本の指先を軽く握りしめた。ぽちゃぽちゃした円っこい四つの感触を掌に感じたのと、胸に擽ったい薄ら寒さが起ったのと、彼女が心持ち顔を赤らめたのとが、殆んど同時だった。