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にんげんはんえい
人間繁栄
豊島 与志雄
「改造」1924(大正13)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,038 字 · 38 页
「何をしてるんです。」
「水中の夢子さんに、綺麗な石をおみやに持っていって上げるつもりですの。」
彼はふと涙ぐましい心地になって、一緒に石を拾った。それから仮橋の方を渡って宿に帰った。
その晩、彼は知らず識らず綾子の面影を心に浮べていた。夢にも彼女のことをみたようだった。
それから二日たって、洋造は東京へ帰った。汽車の窓から彼は、温泉の方を見えなくなるまで見送った。
「俺は綾子に心を奪われたくない。余りに不自然なことだ。」
其後、綾子は静子と一緒に彼の家へ一度遊びに来た。
それだけのことだった。けれど変に忘れられなかった。洋造はそれを自分の最後の清い幻として心の奥にしまい込んだ。余りに奥深くしまい込んでいつしか忘れていった。
それが、妻とああいう話をした後に、ひょっくり浮び出て来たのである。
「あれくらいのことは、世間にざらにあることだ。それを最後の清い幻だなどとして、いつまでも心の中に懐いているほど、俺の生活は陰欝なのかしら。それほど自分の生活から華かなものを絶って、やたらに子供ばかり拵えていて、それでどうなるのだ。」
翌朝になると、また前夜の猫が庭の隅にやって来て、一匹の牝猫に四五匹の牡猫がかかって、皆煤けて泥まみれになって、ぎゃあぎゃあ騒いでいた。