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こんにちのぶんがくのしょそう
今日の文学の諸相
宮本 百合子
「都新聞」1940(昭和15)年11月28日~12月2日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,522 字 · 17 页
それ等の工夫にかかわらず、系譜的と云われる作品が、とかく生活の生々しい絵巻というより楽な過ぎこし方の物語となるのは何故だろう。今日それが自然発生的にさえ多く書かれる何かとりつきやすさがあるらしいのは、どういうわけだろう。
『文芸』の選評の間で、生態描写のことがちょっとふれられているが、系譜的な作品というものと、過去へさかのぼった生態描写とは文学の質において異うという点が、深めて考えられていいと思った。
「生きて行く姿の移り変りをその移り変りに重点をおいてかく。その時々の一種のモラルみたいなものを描いてゆく」(青野氏)ものとされているのが、生態描写である。青野氏はなかなか面白いとし、宇野氏は「イヤ、いかんね」と云い、その座は笑声に満ちたらしいが、これをすこし云い直してみると、私たちの直感で、或る本質がつかめる。「作家の系譜」と云ったとき私たちに感じられるもの、「作家の生態」と云ったとき受ける一種の感じ、同じであるとは誰しも云えない。
移り変りに重点をおく、という現象への人間の適応を辿る生態描写には、生存の跡はうつせても生活は彫り出しきれない。一つの移りから次の移りそのものの肯定はあって、動きの現実がもっている評価は作家の内部的なものとの連関において考えられていないのである。