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けさのゆき

今朝の雪

宮本 百合子

「婦人朝日」1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,936 字 · 24 页

青空文庫

「風が出て来たわねえ」

帰り仕度をして立ち上りながら紀子が云った。

「ほんとうに」

止め金のこわれた活版屋の外開きのガラス戸がギラリと雲立った空の太陽を反射させて煽られはじめた。

吹きつのる風の中に、消えのこった雪が少しよごれてところどころに見える竹藪の横を掠めなどしながら、満員の省線は果なく拡がった市の端れへ向ってまっしぐらに走っている。

押された勢でそこまで詰ったゆきどまりの窓際へ体をよせて揺られながら、峯子は、何心ない視線に一枚の罫紙をとらえた。それは、ありふれた事務用の罫紙である。書かれているのは報告のようなもので、峯子の肩へ無頓着に時々肱をつかえさせながら、それに目を通しているのは四十がらみの鼠色カラーをつけた男であった。峯子の目をひきつけたのは、その男の風采でもその罫紙でもなく、書かれている文字の感じであった。字は万年筆で書かれていた。そのペン先がいかにも使い順らされて、柔かな幅をもっている、平均に力が入って、くっきりとした明晰な書体だが穏和なふくらみの添っているその字は、峯子に正二を思い出させた。正二もこういう風な字をかいた。一目みた時は変ったところのない中に、何か惹かれるもののこもった字を書く。