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なにもの

何者

江戸川 乱歩

「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页

青空文庫

泥棒なんて生やさしい犯罪ではない。ゾッとするような陰謀だ。恐ろしいと同時に、唾棄すべき悪魔の所業だ」

弘一君の痩せた青ざめた顔が、真っ白なベッドの中に埋まって、天井を凝視しながら、低い声で謎の様なことを云っている。夏の真昼、蝉の声がバッタリやんで、夢の中の砂漠みたいに静かである。

「君は一体何を考えているのだ」

私は少し怖くなって尋ねた。

「いや、それは云えない」弘一君はやっぱり天井を見つめたままで答える。「まだ僕の白昼の夢でしかないからだ。それに、あんまり恐ろしい事柄だ。先ずゆっくり考えて見よう。材料は豊富に揃っている。この事件には、奇怪な事実が満ち充ちている。が、表面奇怪な丈けに、その裏にひそんでいる真理は、存外単純かも知れない」

弘一君は自分自身に云い聞かせる調子でそこまで喋ると、又目を閉じて黙り込んでしまった。

彼の頭の中で、何事かある恐ろしい真実が、徐々に形作られているのであろう。だが、私はそれが何であるか、想像することも出来なかった。

「第一の不思議は、古井戸から発して、古井戸で終っている足跡だね」

弘一君は考え考え喋り始めた。

「古井戸というものに何か意味があるのかしら。