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さくひんとせいかつのこと

作品と生活のこと

宮本 百合子

「新日本文学」第8号、1947(昭和22)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,184 字 · 3 页

青空文庫

は、ざらにあるだろうか。

経験というものは、日本の文学伝統のなかで、消極的に扱われて来ていると思う。或いは日本風に変化させられた傾向での自然主義的に。経験は、人間生活における一つの問題提起として作家にとり上げられるというよりも、むしろそれは、その経験が終ったところで作品のテーマの展開も終ってしまう話として語られている傾きがつよくはないだろうか。すべての経験が経験されたあとに、わたしたちの精神にのこるものがある。それが、問題であるか、感銘であるかは別として。そののこったものが酵母となって、わたしたちの心情に働きかけ、そこで、経験のなかから、文学のテーマが浮き出て来る。経験を経験なりに辿るとしたら、それは題材のままで語っているということではなかろうか。芸術の制作という意味は、こういうところに在るのではないだろうか。

自分のとかく定着しようとするどちらかというと生物的な限界を、本当にテーマをつかんだ自分の作品の客観性でうち破り、一歩一歩進んでゆくような制作ぶりこそ、芸術らしいと思う。芸術は、小さい自分というホウセン花の実のようなものを歴史と社会とのよりつよい指さきでさわって、はぜさせて、善意と探求と成長の意欲を人間生活のなかにゆたかに撒くことでしかなかろうと思う。