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さっかときょうようのしょそう

作家と教養の諸相

宮本 百合子

「文芸情報」第六巻、1940(昭和15)年5月下旬号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,291 字 · 9 页

青空文庫

男対女の相剋を、漱石は「兄」などの中にあれほど執拗に追究していながら、問題は常に女という一般の性に向っての疑いとして出されていて、結婚の習慣のありよう、家庭という観念の内容については、不思議なほどふれられていない。男女の相剋を自我の相剋として見る面で漱石の西欧的教養は大きい創造のモメントをなしているのであるが、漱石が我ともなく昔ながらの常識に妥協している面では、そのような男女の相剋をもたらす日本的現実の条件の追究をとりあげ得ないでいる。日本における夫婦間の相剋は、少くとも漱石の作品の世界では、ストリンドベリーの文学の世界のそれとは、その発生の社会性に於てちがっている。そのちがいが現実に作用しているだけ深刻巨大なちがいとしては抉り出されていない。漱石の教養の歴史性の片影は、こういう点にも見られるのである。

鴎外は漱石とまたちがい、この文学者のドイツ・ロマン派の教養や医者としての教養や、政府の大官としての処世上の教養やらは、漱石より一層彼の人間性率直さを被うた。彼が最後の時期まで博物館長として、上流的高官生活を送ったことは、彼に語らせればゲーテ的包括力であったかもしれないが、歴史の鏡には、やはり文学者としては伝記の研究に赴かざるを得なかった必然として映し出されるのである。