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ぞくぶつせいとさっか

俗物性と作家

坂口 安吾

「東京新聞 第一六九一号~一六九二号」1947(昭和22)年5月27日~28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,310 字 · 5 页

青空文庫

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実際、自由というものははなはだしく重荷なもので、お前の勝手に傑作を書けと言われると却って困るものであり、これこれの条件で、こんな作品を書いてみないかと言われると、それをキッカケにして自らも測らざる活動が行われ易いものなのである。だから外部から俗悪な誘惑の多い流行作家というものは、むしろ傑作を書き易い条件のもとにおかれているもので、私に「マシな作品」が書けなかったという外部条件はそんなことではない。

人間は気持が落ち目になるとダメなものだ。勝負は水ものといい負け癖がつくと天下の横綱もだらしなく負け、もっと理知的な、存分に思考の時間を費している碁や将棋でも、存分に考えたあげくあべこべに大悪手をやらかすようなこととなる。これを外部条件というのである。

ドストエフスキーは二十五歳で「貧しき人々」という傑作を書いて一躍認められたが、その後批評家の反撃黙殺にあってクサッてしまうと、四十歳までは全然下らない作品ばかり書いていた。つまり自由の魔の手にかかったので、暗中模索、これは迷路だ。人間はクサッてしまうと、迷うばかりで、もてる才能もどうにもならぬ。

二十六から四十までのドストエフスキーは「マシな作品」